200429

実家には、大きめの丸テーブルを囲むようにしてふたり掛けでゆったり座れるソファーとひとり掛けのソファーが置いてあるスペースがある。そのテーブルの上には2台のノートパソコンがあり、それぞれ母と私のものだ。玄関からすぐの部屋で、奥に進むとキッチンがある。昔このテーブルはキッチンに置いてあった気もするが、いつの間にかこっちの部屋に移動してきている。母とは学生の頃よく美術展へ行ったりしていた。母は美術展へ行くたびに、最後のグッズコーナーでポストカードやポスターを必ず購入する。それらのポスターが、額に入りこの部屋のいたるところに飾ってある。「テオフィル・アレクサンドル・スタンラン/チョコレートとお茶のフランス商会」と下の方に書いてある絵が一番のお気に入りだ。その絵では、テーブルの上の猫が目の前に座っている女の子が飲んでいる(おそらく)ホットチョコレートを狙っていて、その子はそれをとられないように守っていて、その横で真っ赤な服を着ているお母さんらしき鼻の高い黒髪の夫人がその子を愛おしそうに眺めている。この絵は、小さい頃からあって、昔はこの赤い服の女の人が怖かったのを覚えているが、今は妙に気に入っている。それからこの部屋には母の淡い水色の本棚やCDがぎっしり詰まっている棚、扉付きで腰ぐらいの高さの深い茶色の棚もある。それも昔からあるもので、最近になってたまに母のセンスを感じるときがある。

この部屋で今夜は母と映画を見ることにした。オレンジ色の小さい明りにして、母は専用のふたり掛けのソファーで横になり、私はひとり掛けのソファーを母の方に寄せて座った。Amazonプライムビデオの中から、是枝監督の「歩いても歩いても」という映画を選んだ。母も私も好きな映画監督で、映画館で「万引き家族」や「奇跡」を見に行ったこともあった。家族という一番近い関係をテーマにされていて、見終えた後はいつも大切にすべき人を大切にできているか思い直したりして感傷的な気持ちになる。

この映画も是枝さんの他の作品と通ずるところがあった。親戚が集まった家の中のシーンはデジャブかと思うぐらいだった。落ち着きなくせかせかと多すぎる料理を作り続けるおばあちゃんと、手伝うと見せかけてつまみ食いをする子どもたち。それとは裏腹に、デーンと座り続けるおじいちゃん。物置と化している部屋。どこでそんなに保管していたのかと思う昔の写真達。どこにでもある家族の風景があって、でもその隅っこの方に空虚感、喪失感のようなものを感じた。何かをきっかけに崩れかねない緊張感もあり、家族という特殊な関係にしかない距離やその間の空気が作品の中で静かに描かれていた。家族だからこそ張ってしまう意地や見栄なども思い当たる節がある。

今回、阿部寛さんと樹木希林さんが親子役だったが、以前見た是枝さんの他の作品で「海よりもまだ深く」という映画でも親子役で出演されていて、この組み合わせは間違いないと確信した。それから、樹木希林さんという素敵な人を亡くしたことはこんなにも大きかったんだと改めて感じたし、代わりになる人もいないなと思った。

エンドロールが流れる最後まで文字を追うわけでもなく、ただ呆然と画面を見終えた後、歯磨きをした。あまり感想などを言い合ったりはしていないが、母の印象に残ったシーンがどこなのかが少し気になる。